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2023-08-08

名演小劇場で特別上映 ドキュメンタリー映画『Yokosuka1953』SNSを介しての出会いが生んだ奇跡の旅路 木川剛志監督、津田寛治さん、廣田稔さん舞台挨拶


 

7月30日に名演小劇場で特別上映された映画『Yokosuka1953』は、映像作家:木川剛志さんのもとに寄せられたSNSのメッセージを頼りに、戦後の歴史の波に翻弄された混血孤児の数奇な運命を静かな映像で紡ぎ出す圧巻のドキュメンタリーです。フジテレビ系列で2022年5月に放映された「奇跡体験!アンビリバボー」でも取り上げられ、大きな反響を呼びました。1947年・戦後混乱期の横須賀に外国人の父と日本人の母との間に生を受け、当時の事情から養子縁組のうえ5歳でアメリカへと渡った木川洋子(バーバラ・マウントキャッスル)さんと、映像作家であり大学教授の木川監督とのSNSでの出会いから繋がった”奇跡の旅路”が映し出されています。渡米して66年間、日本に来ることも最愛の母の音信も聞くことができなかったバーバラさんが、横須賀で邂逅したものとは何か…胸に迫る作品です。

上映後、拍手に迎えられて監督の木川剛志さん、ナレーションを担当した俳優の津田寛治さん、弁護士の廣田稔さん(映画『天外者』製作総指揮)が登壇しました。司会を平成プロジェクトの益田祐美子さんが担当し4人で興味深いトークを繰り広げました。観客も笑ったり、大きく頷いたりと会場内が一体化した名演小劇場の模様をレポートします。(取材日:2023年7月31日)

木川剛志監督「おじいちゃんが名古屋出身」津田寛治さん「バーバラさんと木川監督の関係性が素晴らしい」

映画『Yokosuka1953』は、1953年、5歳の時に渡米した洋子(バーバラ)さんが、66年ぶりに日本の地に降り立つ旅を縦糸に、地元の方が語り継ぎたくない、忘れ去りたいと思っている戦後混乱期の横須賀の悲しい歴史を横糸に紡がれたドキュメンタリーです。木川監督がSNSで目にしたメッセージが発端となり、”木川”という名字が同じであること、洋子さんが実母と別れた5歳と、自分の子どもが同じ歳であったことに縁を感じた木川監督が、洋子さんの実母を探す旅に寄り添う姿が静かなタッチで描かれています。

上映後の感動に満ちた劇場に、木川剛志監督、ナレーションの津田寛治さん、弁護士の廣田稔さんが登壇しました。観客の顔を見て笑顔で一礼し、トークイベントが始まりました。登壇者の中で最年長・廣田さんは「登壇前に3人で”緊張しているなぁ”と話をしていました。皆さんと心置きなく、自分の欠点も出していこうと手を取り合っていました」と挨拶しました。

津田さんは「この映画を見ると、涙が止まらなくなります。喋れなくなると困るので、今日は作品を見ないで壇上に立っております。上映後に起きた拍手は、本当に心からの拍手だと聞こえました。すごく嬉しかったです」と感極まった表情で話しました。木川監督は「名古屋と言えば、実は僕のおじいちゃんが名古屋出身です。そして、叔母が中華料理屋を昔やっていまして、そんな名古屋で上映させていただけてすごくありがたく思います」と二コリとしました。

映画の企画・製作の経緯を木川監督は「2018年にfacebookで”キガワノブコさんを知っていますか”というメッセージが届きました。自分とは全く無関係でしたが、当時自分は大学教員で空襲の研究をしていたので戦争孤児については調べていたんです…混血児の方が、これほど大変な人生を歩んでいるとは知らなくて、その恥ずかしさもあって、調べられるところまで調べようと」と当時の背景と心情を語りました。「初めはテレビ局に企画書を持参したんです。でも、地上波では扱いづらい内容もあって取り上げてもらえませんでした。相手(バーバラさん)にテレビ局が探してくれますと言ってしまった手前、期待させていますから自分でやろうとした次第です」と述べました。また「僕自身、監督として居るのが不思議で、僕が作ったというか、勝手に映画が出来たと思っています」と話し、普段の仕事について「和歌山大学で、僕らの世界では罰ゲームと呼んでいる教授という仕事をやっております」と言うと座席からクスクスと笑い声が上がり「仕事だけ増えて、給料増えない」とこぼし、観客を一層笑わせました。

津田さんは「僕と木川さんは、僕のふるさとである福井で、“福井駅前短編映画祭”というのを一緒にやらせていただいてから長い友人関係です。その木川さんがずっと前から温めていた企画だと聞いていて、ナレーションをしてほしいと言っていただきました。“そりゃ木川さんの頼みだからやります”と言って、プロットを拝見したときに、混血の方で戦後、つらい思いをした人がいるということを初めて知りました。これは難しいドキュメントなんだなと思ったんですけど、映像を拝見した時に、何よりもバーバラさんの人柄が素晴らしくて、感銘を受けました!」と声を大きくし、「木川監督とバーバラさんの関係性も素晴らしいなと。ソーシャルダンスみたいです。お二人は出会って間もない状態ですが、バーバラさんが木川さんを信頼しているオーラが出てたんでね。とにかく二人を邪魔しないようなナレーションにしたいと思いました」と映像を見て感じたバーバラさんと木川監督との絆やナレーションしたときの気持ちを振り返りました。

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「地上波でやれないことこそ、映画でやるべき」木川剛志監督が撮影中に一番つらかったことは…

廣田さんは「この映画の洋子(バーバラ)さんと僕は1歳違いなんです、77歳。劇中、洋子さんにインタビューしていますが、その洋子さんの答えは監督がシナリオに従って書いたのかと感じてしまいました。でも違って、洋子さんが言ったものをそのまま記録したドキュメントなんですね…。その偶然の一致性をみるときに、皆さんの涙を誘う映画になったのではないかと思っています」と称賛。そして「その涙と感動の意味を皆さんと一緒に考えられたらいいなと、ここに来ました」と穏やかな声で話しました。津田さんの印象について「(津田さんは)洋子さんの気持ちがよく分かって、日本人の男はまだまだ捨てたもんじゃないと感じました。初めてお会いしましたが、他人のような気がしないようになってきました」と明かすと津田さんは照れくさそうに頭を掻き、ペコリと一礼。ほのぼのとした壇上の様子に観客もつられて笑顔になりました。

津田さんが「廣田先生もバーバラさんも溌剌としていますよね。廣田さんがどんな人生を送って来られたのか知りたくなりました。ドキュメント、見たいです」と話すと、すかさず「廣田先生は、言えないことがいっぱいで大変ですよ」と益田さんが混ぜ返しました。津田さんは「この映画もそうですが、地上波でやれないことこそ、映画でやるべきですよね」と言うと会場から賛同の拍手が起こりました。

映画製作の中でつらかったことについて木川監督は「僕、こう見えて人と話すのが得意じゃないコミュ障なんです。自分のために”~を知りませんか?”と聞くことは、僕は多分できなかったと思います。バーバラさんのために探さなあかんから出来ました」と言い、「一番しんどかったのは、バーバラさんのお母さんのお墓が見つかって、その親族の方々と話をしなければならないときでした。親族の方々にとっては世に出したくない、話したくないことですし、話し合いの中できつい言葉をいただきながら、それでも話をしていきました」と明かしました。

廣田さんもつらかったこととして「こういう上映の機会を得ることに日本映画界は苦労しています。年間700本の映画を作るんですけど、ほとんど日の目をみません。劇場公開したときに、1億2億払えと言われます。一番しんどいです」と語り、「それを津田さん、益田さん、名演小劇場さんが協力してくれて、この場を得ることが出来ました」と感謝しました。続けて「1000円の入場料であっても、我々が1500円、2000円払って”頑張れよ”とエールを送れるようになるといいですね」と言うと観客は力強い拍手でレスポンス。ミニシアターが存続することが厳しい昨今、映画を愛する人々の心に響いたようです。

「バーバラさんから学ぶことが多かったです」としみじみ語る津田寛治さん

”苦しみ・悲しみは生きる証”だと説いた廣田さんは「苦しみから逃れようとしないでいい、苦しみを味わえと言う形が、この映画の洋子(バーバラ)さんが体現してくれてビックリしました」と述べました。津田さんは「戦後の日本人には、大切な人やご家族を亡くした苦しさがあったと思います。そして、その時に“大変だったね。お互い頑張ったね”と分かち合える仲間がいたと思うんです。でも混血児の人には多分いなかったんだなと…」とバーバラさんの過酷な人生に想いを馳せました。「世の中をネガティブにしかとらえられず、罪を犯したり自死したりする人もいらしたと思います。バーバラさんは(境遇の)苦しさを共有できる人がいなかった中で、すべてを肯定してポジティブに生きてこられた。“いつかお母さんと会った時、自分がつらい顔をしていたらお母さんが悲しむから…ぜったい私は笑顔でいなければならない”と言うバーバラさんから学ぶことが多かったです」と津田さんはしみじみと語りました。「この映画を全国放送したいですよね」と益田さんが言うと、観客も大きく頷きました。

木川監督は「撮影中にバーバラさんが“私の人生に誰も興味を持ってくれない”と言っていました。しかし劇中にもありますが、バーバラさんのために人が集まってくれて、横須賀市の市長まで出てもらえました」と語りました。そして「僕自身、初めての映画製作で、人に伝わるものとは全く思っていなかったんです。でも映画祭にポッと出したら海外の小さいものでしたが受賞できて、東京ドキュメンタリー映画祭でグランプリをとらせて頂きました。色々な方に観て頂いて、驚きのほうが大きいですが、通じたんだって実感しました」と手ごたえを見せました。

木川監督の初ドキュメンタリー作品について津田さんは「誤解を恐れずに言うと、木川さんの拙い部分をお客さんが許すんですね。ドキュメントで引き込まれるものは、ドラマ性が含まれていて、抑揚ある構成で作られますが、本作は説明が多かったですよね」と率直な気持ちを述べました。続けて「でも、公開されるとお客さんが感動していました。分かりづらいから観ないというのが今の風潮かと思いきや、心動くものがあれば最後まで観るし、鑑賞後ちゃんと称賛するんだなと分かったことは僕にとって収穫でした」と述べました。

廣田さんは「お客様は本当に感動する映画でなければ感動しないんです。“ここで感動しなさい、ここで涙しなさい”っていう映画なんか観たくないんです。この点で、この映画は合格でしたね」と微笑むと客席から拍手が起こりました。同意を得て嬉しそうな廣田さんは「映画館をもう少し大切にしていく姿勢が大切ですね」と話すと、益田さんも「もっと文化を大切にして、国が補助を出してほしいです」と訴えました。廣田さんは「登壇している人達だけが作品を大事にしているのではなく、お客さんたちも、国民もいっぱいいるわけだから、皆で一緒になって映画館を守る方向に動けばいいと思います」と声を大きくしました。

「僕らが歴史を残す必要があることを、社会に出していきたい」と木川監督 3人で並んでサイン会、観客と和やかに交流

今後について質問された津田さんは、「映画『首』(北野武監督作品)がいよいよ公開になります。試写で観たのですが、ちょっと驚きましたね。昔の『その男、凶暴につき』みたいな、あの頃の北野作品を彷彿とさせるようなものになっています。予算で言ったら10倍くらいかかった大作。大作と言ってもエンタメに振ってない刺激的な映画です。ここにいらっしゃる皆さんには是非観ていただきたいです」とアピールしました。

木川監督は「僕は大学教員で、和歌山空襲の体験者に、“戦後どのように和歌山が復興したのか”についてインタビューを重ねています。映画になるかは分かりませんよ。『Yokosuka1953』は奇跡があったから映画になったので…記録として撮っていましたし」と話しました。そして「実は横須賀のことがあった後に、”お母さんを探したい”という形の相談を受けて、いろいろ探すこともしています。探す中で、日本中のさまざまな資料が、大学教員であっても見られないものがいっぱいあるんです」と現状について言及しました。「本作の横須賀の児童養護施設で公開後、改めて“資料を見せて下さい”って話をしたら“焼却処分しました”と言われました。公の立場の方たちは、歴史の大事なことを残すということを嫌がるというか…隠すんです」と悔しそうな表情を見せました。「僕は学術の敗北だと思います。僕らが歴史を残す必要があるということを、社会に出していきたい。教員として、研究者としての活動をやっていきたいなと思います」熱量を込めて語りました。本作の題字を木川監督の長男が書いた話になると優しい笑顔を見せ、木川監督の家庭人としての一面が覗けました。

廣田さんは「歴史を大事にするという言葉を木川監督がおっしゃいました。こういう単館系の映画が取り組んできた歴史も何とか繋いでいきたいですね」と述べ、「映画を見た後、観客の方と3時間くらい…1日でもディスカッションしたいですね。映画良かったよと、感動を言葉にして持って帰ってもらって、周りの方に伝えることが無ければ、映画という文化は発展しません。私たちが感動を伝えるために単館系の映画館でこういう映画を、今年からやっていこうと思っております。皆さんの協力を頂きたいと思います」と頭を下げました。トーク後はパンフレットへのサイン会が行われました。お客さんからの感想に頷き、質問に丁寧に答える和やかな交流を、心から楽しんでいる3人の姿が印象的でした。

作品概要

映画『Yokosuka1953』

監督:木川剛志

出演:バーバラ・マウントキャッスル 木川洋子

ナレーション:津田寛治

撮影:木川剛志、上原三由樹、関戸麻友

編集:筏万州彦、木川剛志

グラフィック:松原かおり

題字:木川泰輔

主題歌:「おやすみ」キャラバンキョウコ

プロデューサー:上原三由樹、木川剛志

製作年:2021年  尺:107分


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