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2023-10-26

伏見ミリオン座で映画『月』舞台挨拶 石井裕也監督「手を出すな」と止められた作品「だからこそ、やる意味があると思った」


 

10月13日から公開されている映画『月』は、辺見庸さんの小説『月』を元にしたドラマです。重度障がい者施設で働く元作家の女性が、同僚の男性が抱く正義感や使命感が思わぬ形で変容していく様子を目の当たりにする模様が描かれます。主人公を宮沢りえさん、その夫をオダギリジョーさん、主人公の同僚を二階堂ふみさんと磯村勇斗さんが演じます。また、高畑敦子さん、長井恵里さんなどの出演者が作品に厚みを加えています。実際に起こった障がい者殺傷事件をモチーフにした作品『月』を、なみなみならぬ覚悟でメガホンを執ったのは石井裕也監督です。名古屋の伏見ミリオン座で行われた舞台挨拶に石井監督が登壇しました。原作小説への思いと映画『月』制作の経緯など語り、観客からの質問に真摯にこたえる姿が印象的でした。大盛況のサイン会の様子もレポートします。(取材日:2023年10月22日)

映画『月』上映後の余韻のなか石井裕也監督が登壇「18歳から大好きな辺見庸さん。原作小説『月』の解説執筆がきっかけ」

映画『月』は、障がい者施設で実際に起きた障がい者殺傷事件から着想を得た辺見庸さんの原作を映画化した作品です。原作小説では重度の障がいのためベッドに寝たきりの“きーちゃん”と施設職員で後に狂気に飲み込まれ殺傷事件を起こす“さとくん”の二人を中心に詩的な語り口で綴られているのですが、映画では宮沢りえさん演じる洋子という元作家の主人公など、登場人物を加えて描かれています。鑑賞したばかりで余韻がさめやらぬ観客の前に石井裕也監督が登壇しました。名古屋の印象について石井監督が「食べ物が美味しい場所ですよね」と話し、和やかにトークがスタート。観客は鑑賞した映画『月』の自分自身の感想や考えについての”答え合わせ”の気持ちや監督自身の考えに関心を抱いているようで、石井監督の話に耳を傾けていました。

映画『月』の監督をすることになったきっかけを石井監督は、「僕は18歳の時から辺見庸さんが大好きで、ファンだったんです。そのことを公言していたら小説『月』の文庫本の解説を書かないかという話がありました。本来は僕は好きな人を遠くから見ていたいタイプなのですが、まあ、その…断れなくて解説を書くことになりました。それで解説を読んだ河村光庸プロデューサーが、映画化のオファーをしてきたという経緯です」と話しました。オファーを受けた時の気持ちを「最初は怯えました。映画関係者や友人に”止めておけ”、”これだけは手を出すな”と言われました」と率直に明かしつつ、「ですが、この題材を危ないと思う意識にこそ大きな問題が含まれていると思ったんです」と引き受けると決めた際の気持ちを述べました。

石井監督は「この映画をご覧いただいて、皆さん“これは人に勧められないぞ”とか“何と言っていいか分からない”という風に思って入る方もいると思います」と観客の思いを鑑みつつ「では、なぜそう思うのか。ここにも今の世の中の大きな問題が潜んでいるような気が僕にはするんです」と熱のこもった声で話しました。そして「危ないから口をつぐむとか、見ないようにするとかいう態度が、何か問題を生んでいるような気がします」と言葉を重ね、「僕、話が長いですか?」と観客に話しかけ緊張した空気を一瞬でほぐしました。

石井監督は「昨今、本当に隠ぺいとか多くないですか?」と客席に問いかけると、観客は様々なリアクションを見せました。石井監督は「3・11の震災や原発から始まっているように僕は感じているんですよね。結局コロナもそうで、あんなに大きな問題だったのに無かったことにされている、うやむやにされている。僕の感覚ですが、あの震災辺りから続いているような気がします。震災と障がい者施設の闇、最近話題になっている芸能界の闇もどこかで繋がっているように思います」と述べました。

「犯人の“さとくん”が話す言葉は、実はごく身近にある…自分の中にある。そこに向き合う重要性を感じた」

Q&Aの時間になると、観客たちからたくさんの手が挙がりました。「凶行に及ぶ“さとくん”をフラットに演じてほしいと磯村さんに監督が言ったと何かの記事で読みました。それは何故ですか」という最初の質問に対して石井監督は「実際の犯人の植松聖という人物を掘り下げるつもりはありませんでした。ただ、彼が言った“生産性のない人間は生きている価値がない”ということって、我々が生きている社会の原則そのものじゃないかと思うんです。要するに効率重視ですよね」と世の中を包む空気について話しました。そして「彼が言っていることは容認できないけれど、実はわりと普通のことを言っています。今の社会の浅はかさみたいなものを形にしたようなイメージで“さとくん”の人物像を作り上げました。彼が話すことはごく身近にあると思いますし、場合によっては自分の中にもある。そこに向き合う重要性を僕は感じて作りました」と真摯に答えました。

その後も、2回目の鑑賞という方、車椅子の方、カウンセリングを受けている方と、様々な立場から多様な質問が寄せられました。また、本作はフィクションだと明言して「辺見さんの小説をもう一度、再変換したという感じです。実際の事件の日付や、犯人の要素をある程度入れていますが、事実をどこまで使って、何を削るのかすごく考えました」と話す声から、覚悟を持って臨んだことが伺えます。「さとくん(犯人)の考えは多分誰にでも当てはまるし、全人類の問題だと僕は思うんです。つまり、障がい者施設に限られた問題ではありません。また、過去の問題でもない。だから映画の冒頭に聖書の言葉を引用しました。かつてあったことが、これから繰り返されるかも知れない…そういう危機感をもって僕はこの作品を作りました」と石井監督はまとめました。

コロナ禍で感じた大きなショック 劇中の主要登場人物がクリエーターである理由は…

障がい者施設で起こった障がい者殺傷事件。犯人は元職員の男性だったというニュースは2016年当時大きく報じられました。犯人が話した「意思疎通のできない重度の障がい者は不幸かつ社会に不要な存在であるため、重度障がい者を安楽死させれば世界平和に繋がる」という考えは特殊に聞こえますが、当時の自己責任・生産性を重んじる価値観による影響がなかったと言い切れません。

「周りの人が私を不要だと思っていると考えたら、怖くなったことがある」という体験を話す質問者に対して石井監督は「2020年、コロナ禍になって映画館に休業要請が出ました。映画なんて不要不急のだと断定されたんですよ。その時に大きなショックを受けました。自分がやってきたことってそれほど価値がないんじゃないかとか、生きている意味がないんじゃないかと感じました。表現者も、ある意味では生産性がない立場です」と共感を示しました。「だから、劇中の主要な登場人物はみんな表現者にしたんです」と監督自身の立場を重ねた人物像にしたと明かしました。また「結局、誰か特定の人に対して“生きる価値が無い”と言った瞬間に、その刃はいずれ自分のほうに向かって来るということですよね」と声に力を入れました。たくさんの質問に時間が許す限り言葉を尽くして答える石井監督の人柄に、観客たちは魅了された様子でした。

舞台挨拶の後には、石井監督のサイン会が催され、パンフレットを手にした観客の長い列ができていました。石井監督は一人一人の目を見て感想を聞き、交流を楽しんでいました。2度目の鑑賞の方は「2回目で自分自身の解釈ができたと思いますし、今回、希望を見いだせた気がします」と監督に話し、石井監督は笑顔で答えるといったやり取りが特に印象的でした。作り手が覚悟をもって制作した映画『月』を是非、スクリーンでご覧ください。

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作品概要

映画『月』

10月13日(金)伏見ミリオン座ほか全国ロードショー

出演:宮沢りえ、磯村勇⽃、⻑井恵⾥、⼤塚ヒロタ、笠原秀幸、板⾕由夏、モロ師岡、鶴⾒⾠吾、原⽇出⼦、⾼畑淳⼦、⼆階堂ふみ、オダギリジョー

監督・脚本:石井裕也

原作:辺見庸

企画・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸

音楽:岩代太郎

配給:スターサンズ

©2023『月』製作委員会


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