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2023-10-08

フィンランド出身の世界的建築家アルヴァ・アアルトをめぐるドキュメンタリー映画『AALTO』ヴィルピ・スータリ監督に名古屋で初インタビュー


 

10月13日から伏見ミリオン座など全国で公開される映画『AALTO』は、フィンランドの建築家・デザイナーとして知られるアルヴァ・アアルト氏の人生と作品に迫るドキュメンタリーです。調和が見事な「ルイ・カレ邸」、普及の名作と言われ今も愛され続ける「スツール60」、アイコン的アイテムである花器「アアルトベース」など素晴らしいデザインの建築・家具・器の数々を手がけたアルヴァ・アアルト氏と、妻で同じく建築家のアイノ氏と共に作品を生み出していくプロセスとその人生が映し出されています。加えて夫婦間で交わされた手紙や、交流のあった友人たちや同業者、家族らの証言を通してアアルト氏の真の姿に迫っています。

アアルト氏の建築物をカメラだけでなく、ドローンで多面的に撮影した建築好きには溜まらない映像美、アアルト氏個人の魅力も盛り込んだドキュメンタリーを制作したのはヴィルピ・スータリ監督です。初めて名古屋に立ち寄ったそうで、「朝食は伝統的な和食をいただきました」とインタビュー早々、チャーミングな笑顔で話してくれました。アアルト氏のドキュメンタリーを作ったきっかけ、アアルト氏の妻アイノ氏への敬意、好きな建築について語りました。(取材日:2023年10月5日)

フィンランドの人も知らなかったアルヴァ氏とアイノ夫人との手紙がインスピレーションに「100年前にこのような女性がいたというのは素晴らしいことです」

アアルト氏の建築は、近代的な建築物として非常に知られた存在です。ヴィルピ・スータリ監督は「子どもの頃、頻繁に通ったロヴァニエミ図書館が彼がデザインしたものでした」と目を細め、フィンランドではアアルト氏の建築が多く、たくさんの人々が日常的に目にしたり、触れていると話しました。「建築物はまず、人間を最初に考えなければいけません。アアルト氏の建築は非常に人間的で、彼の考えは現代にも通用すると思います。私は建築家でないのでアカデミックな映画を作ろうとは考えておらず、アアルト氏の複雑な人間性という観点から映画を作りたいと思いました」と制作のきっかけを述べました。「プロフェッショナルとパーソナルの対話のような形で織り込んでいきたかったのです」とも加えました。

スータリ監督が特に関心を持ったのはアルヴァ氏の妻であるアイノ氏だったそうです。「非常にモダンな女性で、戦時中も建築家であり、妻、二人の子どもの母親であり大工でもありました。そして(夫妻の会社)アルテックのアートディレクターであり、後にCEOになった訳です。100年前にこのような女性がいたというのは素晴らしいことです!」と表情豊かにアイノ氏を称賛しました。

「男性優位な時代にアルヴァ氏と対等の立場で一緒に働き、その後結婚してアルヴァ氏の考えを言語化するなど、アイノ氏は非常に大切な存在です。そして現代を生きる私たちにとっても重要だと思います」と述べました。スータリ監督自身、自分と夫がアーティスト同士のカップルであるということで、一層アアルト夫妻に興味を惹かれたと微笑みました。

二人の関係を紐解くため、本作には二人の「手紙」が登場します。スータリ監督は「フィンランドの人も知らなかったアルヴァとアイノの関係がこの手紙から取り込めました」と自信を見せました。おとなしく静かな性格ながら、図抜けた美的感覚を持ったアイノ氏と、外交的で非常にチャーミング、皆を魅了していたアルヴァ氏について言及した後、「性格の違いや、そのほかの要因から二人の結婚生活は簡単なものではありませんでした。でも手紙を見ると深く愛し合っていたことが分かります。この二人のやり取りが私にとってインスピレーションになりました」と話しました。

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アアルト夫妻が体験した時代が手紙から伝わる…1920年、1930年代のアーカイブとしての一面も見逃せない

二人の手紙には、毎日の生活や仕事、セクシャリティのことなどが書いてあったと語るスータリ監督。「彼らは1920年・1930年代を生きる若いモダンなカップルでした。二人は1923年の時点で新婚旅行でイタリアに行きました。新しいテクノロジーや車などを学びたいと思っていたようです。アルヴァ氏はオールドファッションのレコードを流して英語を学ぼうとしていたなど、彼らはすべての面でモダンになりたいと考えていたわけです。手紙を見ると二人の親密なやり取りだけでなく、当時の時代が反映されています」と手紙の価値について述べました。また、「1920年代、彼らは既に国際的なカップルだったのです。適切な人を友人に選び、建築家のサークルでネットワークを築いたり、バウハウスでの知人も増やしたりと積極的でした」と話し、特にモホイ=ナジ・ラースロー(バウハウスの理念をアメリカに根付かせようと奔走した人物)との出会いが大きかったと加え、そのモホイ=ナジ氏がアイノ氏に恋心を抱いていたエピソードも教えてくれました。

映画制作で気を付けたこととして「シネマティックな映画が作りたかったので、できるだけナレーションの顔が見えないように意識しました。生き生きとした映画の雰囲気を作りたかったのです。歴史的な映画を撮るとなると埃っぽい詰まらなさが出てくるので、それが除けていたら良いなと思います」と明かしました。また、スータリ監督は「映画には建築物を映しています。そしてアーカイブも入れております」と話し、「1930年代のものですが、建築の国際会議がマルセイユからアテネを行き来する船上で開催された映像も含まれています。その船上には、一流の建築士たちがいて、その時アイノ氏が撮った美しい写真も映画の中に織り込みました。アイノ氏は素晴らしい写真家でもありました。この映画は、非常にコンテンポラリーな、様々な文書やアーカイブも含んだ作品です」とまとめました。

7か国で撮影「世界中にある(アアルト氏の)建築物を見ることができます」ドローンによる貴重な映像に注目

この映画で特にチャレンジしたことをスータリ監督は「古い時代を対象としているので、埃にまみれてしまわないように慎重に編集したことと、スペシャルな音楽を使ったことです」と話しました。実際、映画『AALTO』はフィンランドのアカデミー賞と称されるユッシ賞にて音楽賞と編集賞を受賞しています。次に「ご家族、財団の方々、あらゆる方面から信頼を得ることが大切で、いろいろな外交的手段が必要でした」と実感を込めて振り返りました。そして「非常に国際的な建築家・デザイナーを取り上げたので色んな人がいろんな意見を持っています。その中に”彼らの悪い部分は扱わないで”などの意見がありました。…私は映画監督として独立した存在としていなければならなかったのです」と言外に、厳しい部分があったと伺わせました。

スータリ監督のお気に入りのアアルト氏の建築を聞くと「子ども時代に入った図書館もですが、劇中にもあるマイレア邸です。フィンランドの西海岸のほうにあります。一般的に一部分だけ公開されていて、私はそこに滞在することが出来ました。ピカソの絵画が掛かっている部屋にいて、興奮して眠れませんでした。そこでアアルト氏の側面を知ることが出来ました。日本庭園のようなガーデンもありましたし、リビングルームは柱が木材だったせいかまるで森が入ってきたような感じを受けました」と嬉しそうに語りました。

そして「草の屋根のサウナにも特別に入ることができました。そこにはピカソとかレジェなど前衛的な画家の絵画が飾ってあり、素敵な経験をさせてもらいました」と二コリ。「外にいると家の中にいるような、また家の中にいると外にいるような特徴があります」とアアルト氏の典型的な建築の構造の印象を愛情込めて語りました。「この作品は、7か国で撮りました。7つの言語を使っています。ですからこの映画からたくさんの建築物を見ることができます。カメラでも撮りましたし、ドローンも使って建築物の違う面、ちがう形状を映しました。色んな意味で非常に美的でシネマティックであります」とスータリ監督がアピールするように、映画『AALTO』は建築探索の世界旅行をしているような気持ちにさせてくれます。

人に寄り添うデザインを生み出したアルヴァ・アアルト氏と、彼を支えた妻のアイノ氏。暮らし、社会、自然がすべてデザインに繋がっていく現代の生活にも繋がる逸品はどのように生まれたのか。アルテックの家具など後世に残る名作の誕生秘話など見ごたえ充分です。静謐で豊かな時間が劇場で待っていることでしょう。

作品概要

映画『アアルト』

10月13日(金) 伏見ミリオン座 ほか全国順次ロードショー

監督:ヴィルピ・スータリ

配給:ドマ

原題:AALTO

2020年/フィンランド/103分

©Aalto Family ©FI 2020 – Euphoria Film


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