長塚京三さん主演×吉田大八監督の映画『敵』 映像化不可能と言われた筒井康隆氏の小説を見事に映画化
1月17日(金)から公開中の映画『敵』は、元大学教授で男やもめの渡辺儀助が古い日本家屋に一人でつつましく暮らしている中、「敵がやって来る」という不穏なメッセージがパソコンの画面に流れて来たことを契機に、少しずつ混濁していく意識に翻弄されていく様子が描かれた人間ドラマです。筒井康隆氏による映像化不可能と言われた小説「敵」を見事な映画にしたのは『桐島、部活やめるってよ』(2012)、『紙の月』(2014)、『騙し絵の牙』(2021)など多数のディレクションをしてきた吉田大八監督です。また、77歳の元大学教授の主人公・儀助を長塚京三さんが演じます。『お終活再春!人生ラプソディ』(2024)、ドラマ「ナースのお仕事」シリーズ、大河ドラマ「篤姫」(2008)などデビューから50年を迎えた長塚さんの香り立つ姿が堪能でき、瀧内公美さん、黒沢あすかさん、河合優実さん、松尾諭さん、松尾貴史さん、中島歩さん、カトウシンスケさんなど実力派俳優が脇を固めている所も見逃せません。
映画『敵』の公開直前に名古屋で吉田大八監督にインタビューをすることができました。本作でチャレンジしたこと、長塚京三さんとのやり取り、キャスティングのこだわりなどを聞きました。(取材日:2025年1月16日)
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「最初に食べ物のリストを書き出しました」食事シーンへのコンプレックスも語る
映画『敵』はフランス近代演劇史を専門とする元大学教授が、妻に先立たれ、残された預貯金を計算しながら山の手にある古民家で一人、丁寧に暮らす日々が描かれています。しかし筒井康隆氏の原作だけに一筋縄にいかない「仕掛け」が…。遺言書を書き、やり残したことがないと思った矢先に「敵がやって来る」という不穏なメッセージがパソコン画面に流れたことで、主人公の丁寧な暮らしにヒビが入り、混乱し始める様子がモノクロームで描かれています。「敵」の正体は何か…主人公の儀助の脳内にダイブしたような没入感がたまらない作品です。
吉田大八監督に、ファンである筒井康隆氏の「敵」の映画化にあたって準備したことを聞くと、小説の前半に料理の叙述が多いことを挙げ「脚本を書く前に、食べ物のリスト、調理法や儀助の好き嫌いなどを書き出しました。季節に合う料理を組みなおして…楽しい作業でしたね」とニッコリしました。料理や食事シーンについて「これまでの作品で、食べるシーンがあまり登場しないのがコンプレックスだったんです」と意外な言葉を漏らしました。「今回は原作の重要な要素でもあるし、思い切ってやろうと思いました」と言うだけあり、本作の料理はどれも美味しそうです。吉田監督はモノクロでの料理がどう見えるか心配していたそうですが、色彩・匂い・舌触りなどが観る人によって補完され、鑑賞時の感度が上がることに気づいたと話しました。「本当に僕も編集中にすごくお腹が空いた」と笑い、フードスタイリストの飯島奈美さんのおかげだと話しました。
日々の料理を自分で行う儀助を演じる長塚さんの料理シーンへの取り組みについて、吉田監督は「料理の手順、リズムやテンポは僕の中でイメージが出来上がっていて、長塚さんは僕の要求に対して『本当に苦労した』とおっしゃっていました。普段はあまり料理をされないそうで…奥様が料理上手なんです」と教えてくれました。儀助の何事にも丹念に向き合う気性が伝わってくる料理の場面なのですが、原作者の筒井氏は「料理の細かい描写を映画で観てもしょうがないだろうと思っていた」と心配していたとのことです。しかし、吉田監督は「儀助の日常生活のリズムを作ることができて、後半への導入がうまくいった」と自信を見せました。
「撮影前の雑談によって、長塚さん=儀助にできた!理想的な関係を築けました」
脚本を書く際、吉田監督は具体的な俳優を思い浮かべずに書くそうです。本作も同じように書き上げたそうで、直後に長塚さんが思い浮かんだと話しました。吉田監督は「長塚さんをイメージして脚本を読んでみたら面白くてオファーしました。長塚さんが『じゃ、やりましょうか』となって、長塚さんをイメージしてさらに脚本を練り直し、決定稿が完成しました」と話しました。長塚さんに儀助役を委ねた理由を質問すると「日本でも稀有な俳優だと思うんです。知的でありながら、とても人間臭くて色っぽい。長塚さんにオファーを受けて頂けなかったら、どんな映画になっていたのか、未だに想像出来ないです」と答えました。また「人間のおかしみ、情けなさ、哀しみをちゃんと表現できる。長塚さんは役の感情の流れに合わせて柔軟に演じていました」と撮影中の長塚さんの様子を明かしました。
撮影前には幾度か本読みをして、雑談もしたそうで「長塚さんがフランス留学していたころのエピソードや台詞についての感想などの話をした時間が僕にとって有意義でした」と目を細め「自分の中で長塚さんと儀助がイコールになっていったんです!自分より年上の主人公ですから、77歳の体や精神は想像しかできません。まず長塚さん=儀助に答えを出してもらい、それを僕が調整していく。理想的な関係が築けたんじゃないかと思います」と振り返りました。
現在79歳の長塚さんについて吉田監督は「以前取材で一緒になった時『最後から2番目だと言っておけば嘘にはならないだろう』と今後のお仕事についておっしゃっていました。多分、やりたいことがまだ残っているんじゃないかな」と期待を寄せました。実は吉田監督が20代の頃に長塚さんとCMの仕事をしたことがあるそうで「”あの時のあいつだ”と思い出されたら断られると思って、しばらく言わないでいた」と昔の縁を語りました。時を越えての再タッグに満足そうな表情の吉田監督が印象的でした。
「長塚さんの表情の変化を僕たちも楽しみました」儀助をめぐる3人の女性それぞれとのシーンに注目
主人公の儀助をめぐる3人の女性を黒沢あすかさん(亡き妻)、瀧内公美さん(大学時代の教え子)、河合優実さん(バーでバイトをしている大学生)が演じます。吉田監督は「だいたい登場順に撮っていったのですが、女性ごとに長塚さんが表情を微妙に使い分けていることに、スタッフ全員が驚きました。最初は緊張気味に格好つけたり、歳上の余裕を見せつけたり。どの笑顔も様々なニュアンスに満ち、素敵でした。黒沢さんとのシーンではまた全然違って、迷子になった子どもがお母さんを見つけたような顔だなあと」と見どころを教えてくれました。本作でも登場する儀助とその妻が入浴するシーンは原作にもあり、吉田監督は「入浴シーンの撮影は俳優もスタッフも大変だから、必然性がなければ避けるに越したことないんですけど、今回はどうしてもやりたいシーンでしたし、長塚さんと黒沢さんも同じ気持ちでした」と力を込め、「僕はここの2人の表情が大好きですね」と語りました。
さらにキャストについて聞くと「松尾諭さんと松尾貴史さん、スタッフにも松尾さんが一人いてかなり松尾度が高い」と冗談を挟み「キャスティングは基本、一緒に仕事がしたい方の中から役に合うかどうかで決めている」と話しました。今回は原作に描写された主人公の体型が長塚さんと違うので、長塚さんの佇まいをベースに考えたと言い「長塚さんと松尾諭さんが並んだときのコントラストとか、長塚さんと松尾貴史さんは落ち着いた口調が年を取ってから知り合った友人同士っぽいな、と…。波長が合うかどうかを考えていきます」と述べました。「良い俳優同士だとしても2人で並んだ画がイメージできない場合があります。それは“波”が似すぎているから、と僕は表現します。波が違う組み合わせを探すことが多い」と言い「結局、自分の好みをどう言葉に置き換えるか」とキャスティングの妙についてまとめました。
全編モノクロームで撮影した本作『敵』。モノクロームに似合いそうな俳優さんを選んだのかと聞くと吉田監督は「そんなこと事前にはわかりません。でも瀧内さんが衣装を身につけてカメラの前に立った時の、モノクロームへ完璧にフィットした姿には驚きました。本人は涼しい顔で『モノクロ映えするってよく言われます』と言っていて、そういう自己認識もあるんだなと思いました」と面白そうに話しました。
モノクロ映像で、視覚に制限が生まれるためか聴覚的な効果がいつも以上に感じられ、儀助の料理中に包丁で葱を刻む音、鳥のさえずりなど、自然の音・作業中になる音が耳に入ってきます。そして、物語のラストで響くBGMはとても刺激的です。吉田監督にその音楽について尋ねると「編集中、なかなか音楽の方向性を決められなくて、ノイズやアンビエントなどをいろいろ試すうちに、誰かがチェロがいいのではと提案しました。メロディも奏でられ、ノイズの発信源としても使えるし、何より低音の弦の響きが古い家に合う」と千葉広樹さんに音楽を託したと話し、サウンドトラックが公開日と同じく1月17日から発売されることも紹介しました。
作品概要
2025年1月17日(金)伏見ミリオン座ほか全国公開中
脚本・監督:吉田大八
出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、中島歩、カトウシンスケ、髙畑遊、二瓶鮫一、髙橋洋、唯野未歩子、戸田昌宏、松永大輔、松尾諭、松尾貴史
原作:筒井康隆「敵」(新潮文庫刊)
配給:ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ
©1998 筒井康隆/新潮社 ©2023 TEKINOMIKATA