沖縄現代史に切り込んだドキュメンタリーで日本のありようをあぶり出す 映画『太陽(ティダ)の運命』佐古忠彦監督に名古屋でインタビュー
5月2日から伏見ミリオン座で公開される映画『太陽(ティダ)の運命』は、沖縄県第4代知事の大田昌秀さんと第7代の翁長雄志さん…それぞれの信念に生きた2人の知事の不屈の闘いをたどり、その人間的な魅力にも光を当て、彼らの人生に関わった多くの人々の声を交えて沖縄現代史に切り込んだ佐古忠彦監督の最新作ドキュメンタリーです。
前作『生きろ 島田叡-戦中最後の沖縄県知事』(2021年公開)から4年ぶりのシネアナゴヤのインタビューに、沖縄に通い始めて四半世紀以上の佐古忠彦監督が応えてくれました。沖縄への想い、辺野古移設の現在地、先輩の筑紫哲也さんへの敬愛の念などを話しました。(取材日:2025年4月10日)
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「沖縄県知事は特異な存在」と佐古忠彦監督「彼らの苦悩を通して現代史を見るといろんなことが見えてくるだろう」
映画『太陽(ティダ)の運命』は四半世紀以上に渡って沖縄に通って来た佐古忠彦監督が、日本と沖縄をめぐる現代史に切り込んだドキュメンタリーです。沖縄の現代史をほとんど占めるのは、この30年の辺野古の歴史と言えますが、辺野古の問題に深く関わってきた2人の沖縄県知事:大田昌秀氏と翁長雄志氏に焦点を当て「沖縄」のありよう、日本のありようをあぶり出す野心作でもあります。
佐古監督はこれまで、沖縄戦後史を描いた『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』2部作(2017年公開・2019年公開)、戦中史を描いた『生きろ 島田叡-戦中最後の沖縄県知事』(2021年公開)を制作してきました。映画『太陽(ティダ)の運命』の制作の起点を聞くと佐古監督は「戦後史『…カメジロー』で民衆とカメジローが本当に一つになって沖縄が復帰に辿り着いた模様を描きました。次に戦中史をやって、今度はずっと地続きの歴史である現代史をやりたいと思っていました」と穏やかな口調で話しました。
そして「沖縄県知事は本当に全国でも特異な存在です。これほど苦悩して、決断を繰り返さなければならない立場は他にないだろうと思います。その彼らの苦悩を通して現代史を見ると恐らくいろんなことが見えてくるだろうと。”カメジローの時代”のその先の世界は一体何か…と考えると”今”だと思います」と沖縄県知事の特異性と「今」を見極めたいという想いを語りました。加えて佐古監督は「沖縄の人たちが(リーダーとして)選んだ象徴が知事です。こんなに知事と民衆との距離感が近い場所は、沖縄以外あまりないと思っています」と語りました。
佐古監督は映画『太陽(ティダ)の運命』が企画として動きだした経緯について、「沖縄に行くと琉球放送の仲間とよく話をします。沖縄本土復帰50年の2022年に、次はどんなテーマでやるのかという話題になり、先ほど言った内容を話したら”一緒にやろうか”と進んでいきました」と構想段階より議論を重ねながらドキュメンタリー映画を創っていったと説明しました。また、監督自身が取材してきたもの、テレビ局の先輩や仲間が取材してきた映像と向き合うことからスタートしたと明かしました。戦後80年というタイミングを狙ったのかと尋ねると「偶然重なった感じです。本当はもっと早くにやりたかった」と佐古監督は微苦笑し、「2025年は大田知事の生誕100年であり、少女暴行事件で大田さんが代理署名を拒否した年から30年と色んなタイミングが合わさりました」と話しました。
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大田昌秀知事・翁長雄志知事の熱き闘いの記録「きわめて人間的」な二人の人間ドラマにも注目!
沖縄本土復帰の1972年から、初代の屋良朝苗氏、2代の平良幸市氏、3代の西銘順治氏、4代の大田昌秀氏、5代の稲嶺恵一氏、6代の仲井眞弘多氏、7代の翁長雄志氏、8代で現職の玉城デ二一氏と沖縄県知事は歴代8名います。本作で大きく取り上げられているのは4代の大田氏と7代の翁長氏です。
この二人をメインに据えた理由を問うと、佐古監督は「他の方々も不屈の人で、いろいろ描けるなと思ったのですが、この30年に焦点を当てようと思いました」と述べ、「国と沖縄の歴史の起点である大田さんと、辺野古のことで苦悩して現職で亡くなった翁長さんの二人は外せません。二人はもともと対立の関係にありましたが、徐々に言葉も歩みも重なっていくのです。それは何故かという所に沖縄の歴史があり、国の姿が見えて来るのではないかという気がしました」と声に力を込めました。そして「(先輩の)筑紫哲也さんの言葉じゃないですが『沖縄に行けば、この日本が見える』ということが表れていると思います」と話しました。
劇中に、県議会議員時代の翁長氏が大田知事を激しく追及するシーンがあります。露骨な表現で批判する姿にドキっとする人も多いでしょう。佐古監督は「保守とか革新とか、すぐカテゴライズしがちですが沖縄が目指すところは一緒でアプローチが違っただけだった…それを体現しているのがこの二人だという気がしますし、一つ一つのエピソードがきわめて人間的だなと思います。国とアメリカと向き合い、最後は自分自身とも向き合って悩み苦しみながら決断を繰り返していくところも含めた人間ドラマとしても注目していただきたいです」とアピールしました。大田氏は少女暴行事件で代理署名を拒否、翁長氏は辺野古埋め立ての承認の取り消しで国から訴えられる被告となった知事という共通点があります。平和と人権を大事にする点もそうです。映画を鑑賞したあなたは、他に何を見つけるでしょうか。
先行上映された沖縄での若者の反応から得た手ごたえ「幅広い世代に見ていただけそう!」
劇中で取り上げられる主な問題は「日米地位協定」「米兵少女暴行事件」「普天間基地移設問題~辺野古新基地建設問題」「教科書検定問題」です。特に「辺野古新基地建設問題」は1996年から大田知事が政府(橋本龍太郎総理)と会談を重ねつつも県民が望む形にならずに決裂。2013年に仲井眞知事が辺野古の埋め立てを承認しましたが、その後辺野古反対を訴えオール沖縄を結集した翁長氏が知事に当選しました。翁長氏は、大田氏と同様、国と対峙し、徹底抗戦を続ける中で病に倒れました。
先行公開した沖縄での鑑賞者の反応を尋ねると、涙を拭いながらご覧になっている方が多くいたと話し、「この30年の翁長さんや大田さんと同時代を生きてきて、さらに悔しさや悲しさを共有した人達で、皆が当事者なんだという風に感じました。その姿を見て沖縄ならではの特別な感情に触れた気がしました」と佐古監督は答えました。観客の年齢層は高めだったとしながら佐古監督は「意外と若い方も多くいらして、感想をやり取りする際に『先輩たちがこんなに頑張ってきた姿を見て、希望を持てた』とおっしゃる20代の方がいました。映画は本当にいろんな受け止め方をしてもらえるんだなと思うと同時に、今まで以上に私が沖縄に関して作ってきた作品の中でも幅広い世代に見ていただけそうだと感じています」と手ごたえを見せました。若い世代にとって大田知事が活躍した時代はおそらく知らないだろう…と呟く佐古監督は「映画を観ていただくことで、原点だとかプロセスだとか、現在に至るまでどんな経緯があったかをいろいろと考えられることもあるのではないかと思います」と改めてアピールしました。
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スポーツアナウンサーとしてキャリアをスタート、そして報道へ「NEWS23」で筑紫哲也さんから学んだこと
佐古忠彦監督は1988年にTBSに入社し、スポーツキャスターとしてキャリアをスタートさせ、野球や駅伝などの実況で活躍しましたが、報道へ移り、1996年~2006年に「筑紫哲也のNEWS23」のサブキャスターを務め、2006年から2010年は政治部で記者に。再びキャスターを務める傍ら、2013年からはドキュメンタリー番組のプロデューサー、映画監督の道へと歩んできました。作品の中で、筑紫哲也さんが度々登場します。佐古監督は「私がNEWS23(以下23)に参加して筑紫さんの隣に座ったことが、沖縄に行くようになった大きなきっかけです」と述べました。そして「スタッフルームで筑紫さんがよく『沖縄に行けば日本がよく見える、この国の矛盾がいっぱい詰まっている』とおっしゃっていました。私が23で初めて作った特集が日米地位協定に関するもので、そのあまりの理不尽さに筑紫さんの言葉通りだと実感したものです」と当初を振り返りました。
「地位協定や安保条約などの話をすると、イデオロギーの話と捉えられて敬遠されがちです。でも実は沖縄の人にとっては生活の問題なんです。翁長知事が国連で“基地問題は人権問題だ”と演説したように生活の問題であり、人権の問題なんだと…民主主義のありようということがテーマとして横たわっている限りは離れられないという気がしたんですよね」と佐古監督のライフワークとなった沖縄への想いをにじませました。
本作の初めに提示される1996年9月13日は大田知事が公告縦覧代行を応諾した日です。佐古監督は「物語のスタートとなるこの出来事を筑紫さんがどのように伝えているのかと見返したところ、冒頭の挨拶に加え、“多事争論”のコーナーで予言的な内容を話していてハッとしました。今のこと(沖縄と国との関係)を言い当てているし、あの時点で『だますな』と打ち出しているのを見て是非この作品に入れたいと思いました」と筑紫さんへの尊敬を込めて話しました。そして「筑紫さんは復帰前の特派員で沖縄に赴任して、6月23日の自分の誕生日が慰霊の日だと知ってから自分の誕生日を祝えなくなったって言うんですよね。そういう沖縄への気持ちの深さが原点にあったと思います」と言いました。「筑紫さんの沖縄への想い、沖縄の人にとっても筑紫さんの存在は大きかったんですよね。この映画で、私は未だに筑紫さんに背中を押してもらっているような気持ちになります。筑紫さんの姿というか、筑紫さんがメッセージを発した証を、ここに残しておきたいという気持ちが大きかったです」とまとめました。
映画『太陽(ティダ)の運命』は民主主義の名のもとに沖縄が一方的に国から負担を強いられることへの疑問、政権(本土)側と沖縄側の温度差について考えさせられるドキュメンタリーです。沖縄県知事の姿からこの国の姿をじっくりと覗いてみてください。
作品概要
5月2日(金)より伏見ミリオン座で公開
監督:佐古忠彦
撮影:福田安美
音声:町田英史
編集:庄子尚慶
語り:山根基世
テーマ曲:「艦砲ぬ喰ぇー残さー」
作詞・作曲:比嘉恒敏
2025年/日本/日本語/カラー(一部モノクロ)/129分
琉球放送創立70周年記念作品
配給:インターフィルム
©2025 映画「太陽の運命」製作委員会