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2021-06-09

嘘から始まる優しい時間 熊本県天草が舞台の映画『のさりの島』山本起也監督に名古屋でインタビュー


 

6月19日より名演小劇場で公開となる映画『のさりの島』は京都芸術大学 (2020年、京都造形芸術大学から名称変更)と映画学科が一丸となってプロと学生が協働で一本の映画を完成させ、劇場公開を目指すプロジェクト「北白川派」の第7弾として完成した映画です。(東京では5月29日よりユーロスペースで公開)ミニシアターを中心に公開され大ヒットした『嵐電』(2019年公開)に続く北白川派の最新作となります。映画『his』(2019年公開)、主演映画『佐々木、イン、マイマイン』(2020年公開)、映画『くれなずめ』(2021年5月12日より公開中)など話題作への出演が続き、大河ドラマ『青天を衝け』にも出演中の藤原季節さんが主演しています。

熊本県天草市の寂れた商店街を舞台に、ある目的のためにやってきた若者と老女の交流と関係を描いていくヒューマンドラマです。小山薫堂さんがプロデューサーを務め、小山さんの故郷である天草市の全面協力のもと撮影されました。京都造形芸術大学の教授であり、本作の脚本・監督をつとめた山本起也さんに名古屋でインタビューを行いました。映画製作のいきさつや映画の舞台となった天草について、主演の藤原さんと老女役の原知佐子さんについてなどなどをお聞きしました。(取材日:2021年4月27日)

映画『his』藤原季節さんと宮沢氷魚さんに名古屋でインタビュー

オレオレ詐欺がきっかけの優しいストーリー「天草ならあるかもしれんばい」

映画『のさりの島』は藤原季節さんが演じるオレオレ詐欺をしながら放浪の旅をしている若い男が主人公です。孫のふりをして電話をかけ、熊本県天草市のさびれた商店街にある楽器店を訪れた主人公はひとりで楽器店を営む老女に孫の将太と勘違いされたまま世話を焼かれ、なし崩し的に同居生活を送ることになります。“将太”としての生活は彼が今まで味わったことの無い穏やかな日常で、街の若者グループと関わりながら“将太”の「嘘」がいつしか「本当」に変わっていく、おとぎ話のようなやさしい物語です。

山本監督はオレオレ詐欺の若者が老女と奇妙な共同生活するという映画のストーリーを天草の人に話した際に『天草ならその話あるかもしれんばい』と答えてくれたことを教えてくれました。地元の方からの意外な答えにその精神性を知りたくなった監督は「天草にしつこく通って縁ができました」と語り「のさり」の精神を知ったと教えてくれました。「のさり」とは舞台となる熊本県天草地方に古くからある言葉で、“自分の今ある全ての境遇は、天からの授かりものであるから、目の前にあるものは否定せずに受け入れる”という意味なのだとか。

山本監督は「地元の皆さんとの関係作りを丁寧にやっていく中で、やがて皆さんがお野菜を持ってきて下さるなど物理的な支援をいただきながら、合宿で撮影しました」と生き生きとした現場の様子を教えてくれました。天草のおおらかな雰囲気をスクリーン越しに感じられるはずです。“将太と祖母”の関係はどこか懐かしく、手作りのクリームソーダを味わう姿など郷愁を覚える方もいるのではないでしょうか。

映画『のさりの島』のストーリーは賛否両論?!

京都芸術大学 (2020年、京都造形芸術大学から名称変更)映画学科には映画製作コースと俳優コースがあり、現役の学生や卒業生が北白川派の映画に製作スタッフとしてだけでなく、キャストとしても参加しています。山本監督は「卒業生が育ってきているのでもっと世に出そう」と意気込んでいたそうで、出演者の所属事務所が決まったことを嬉しそうに語りました。

山本監督は映画『のさりの島』の製作のきっかけについて、2014年の佐村河内事件(佐村河内事件:聴覚障害がありながらゲーム音楽や「交響曲第一<HIROSHIMA>」などを作曲した音楽家として佐村河内守が脚光を浴びたが、自作の曲はゴーストライターによる代作と発覚した途端に世間からバッシングを受けた事件)について語りました。「メディアが“本当だ”といったら本当だと信じて、ある日”信じていたものが嘘だった“と報道された瞬間にだまされたと怒る。そんな風潮に疑問を持ったんです。嘘とわかった途端に寄ってたかって叩く社会ってどこか怖いな、と感じたのが最初の発想でした」と話しました。

また山本監督は「〝嘘〟というのは〝本当〟が持っているシビアさに対してむしろ〝受け入れてくれる〟間口が広い概念だと思います。だまされたかも知れないけれど、悪い気にはならなかったという寛容さを持った作品を作りたいと考えました」と本作のストーリーの核となった想いを教えてくれました。映画『のさりの島』の物語展開について「『オレオレ詐欺の男に関わるサスペンス要素を強くした物語にすればよかったのに』と言われました」と明かし「ドラマを練り上げるタイプの人にはあんまり評判が良くないんですよ」と面白そうに語りました。映画『のさりの島』の展開にあなたはどんな感想を持つのでしょうか。

藤原季節さんの骨太な魅力と本作が遺作となった原知佐子さん

山本監督は藤原季節さんが出演していた映画『止められるか、俺たちを』(2018年公開)のプロデューサーである大日方教史さん(本作のラインプロデューサー)から紹介を受けて、藤原さんに会った際に「(役者として)出来上がった人ではなく、一緒に映画を企てる仲間になってくれる人という感じがした」と魅力を語りました。撮影中の印象的な出来事として、シャッター街での撮影の際に山本監督がシャッター全てを閉じようとすると藤原さんが「今の状態で、開いたところがあってもいいのでは?」と提案してきたのだそうです。「私やスタッフが地元の方と関係を結んできたことを藤原さんは見ていたんですね。映画のために無理にシャッターを閉めさせることは今まで我々のやってきたことと違うのではないか?という、例えて言えばジャブを打って来た、と感じました。このジャブを避け損ねると、いい試合にならない。そこで、そのジャブを受けて立つことにしました」と話しました。初めのジャブで藤原さんとの距離感が定まったと笑顔で振り返りました。

藤原さんとの共演シーンの多い楽器店の老女を演じるのはベテラン女優の原知佐子さんです。原さんは1970年代のドラマ「赤いシリーズ」などのドラマ、映画や舞台などで演技派の名脇役として活躍し、80歳を超えても現役で、オファーあれば映画や舞台に出演しています。山本監督は「冬の天草のロケに来てくれる80過ぎの女優さんなんていないと思っていました」と話し、原さんの出演が決まって安心していたところ「クランクインの2週間前に原さんが入院していると聞いて、びっくりですよ!」と大慌てでしたと話しました。

その後、原さんは無事退院され天草に入ります。原さんは久しぶりの演技で、初日の午前中は調子をつかめない様子だったものの、午後からは順調に撮影を進めることができたそうです。繰り返し行ったテストや休憩中も、藤原さんは原さんに寄り添い、原さんがペースをつかめるまで嫌な顔一つせずずっと付き合ってくれた、と教えてくれました。藤原さんと原さんによる“嘘の孫と祖母”のひと時は撮影中のコミュニケーションから、大切にはぐくまれていたことが分かるエピソードでした。

演じているように見えないほどの原さんの自然体の演技が素晴らしく、山本監督は「撮影前も撮影中も色々と心配しましたが、映画のおいしいところを全部もって行ってしまった。さすがです」と感慨深げに振り返りました。原さんは2020年1月に逝去されて完成した映画はご覧になれていないそうで、山本監督は「舞台挨拶も一緒にできると思っていたので、残念です」と胸の内を教えてくれました。

天草の素敵な風景、心揺さぶられる音、懐かしい行事など、地元に密着した場面もスクリーンで映し出されます。地元で暮らすこと、時のつながり、人とのつながりを考えるきっかけになるのではないでしょうか?

6月19日(土)名演小劇場で公開初日舞台挨拶開催

名古屋での公開初日に名演小劇場で映画『のさりの島』舞台挨拶が行われ、山本起也監督が登壇します。劇中に登場する天草の案山子もやって来るそうです。

日時:6月19日(土)①10:10(上映後)②12:40(上映前)

ゲスト:山本起也監督

チケット:通常鑑賞料金

受付は当日9:30より。ご来館時は必ずマスクのご着用をお願いいたします。

場所:名演小劇場

Address:名古屋市東区東桜2丁目23番7号

名古屋市東区東桜2丁目23番7号

常連客への配慮が隅々まで 営業を再開した名演小劇場はリラックスして映画を楽しめるミニシアター

作品概要

映画『のさりの島』

5月29日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開

出演:藤原季節、原知佐子、杉原亜実、中田茉奈実、宮本伊織、西野光、小倉綾乃、水上竜士、野呂圭介、外波山文明、吉澤健、柄本明

プロデューサー:小山薫堂

監督・脚本:山本起也

撮影:鈴木一博

音楽:谷川賢作、小倉綾乃、藤本一馬

配給:北白川派

2020年/DCP/5.1ch/129分/ビスタサイズ/日本

(c)北白川派

公式サイト:https://www.nosarinoshima.com


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