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2023-07-26

菊地凛子さん初の邦画単独主演作品『658km、陽子の旅』 20年ぶりにタッグを組む熊切和嘉監督に名古屋でインタビュー


 

7月28日から全国公開される映画『658km、陽子の旅』は、父親の訃報を受けた主人公・陽子が東京からヒッチハイクで故郷の青森を目指すロードムービーです。ひきこもりがちでコミュニケーションが苦手な陽子が、旅の中で出会った人々との交流を経て心が再生していく様子が繊細なタッチで描かれています。陽子を演じるのは2006年『バベル』で米アカデミー助演女優賞ノミネートされ、その後も『パシフィック・リム』シリーズなどに出演、また2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、WOWOWオリジナルドラマ『TOKYO VICE』など国内外で活躍する菊地凛子さんです。共演は竹原ピストルさん、オダギリジョーさん、黒沢あすかさん、浜野謙太さん、風吹ジュンさんなど多彩なキャストが、物語に深みを与えます。

本作は第25回上海国際映画祭コンペティション部門で最優秀作品賞を獲得した他、最優秀女優賞、最優秀脚本賞の三冠に輝きました。映画『658km、陽子の旅』の熊切和嘉監督が名古屋でインタビューに応えてくれました。上海国際映画祭で感じたこと、菊地凛子さんと20年ぶりにタッグを組んだ感想、撮影の舞台裏、脚本についてなどを語ってくれました。(取材日:2023年7月19日)

東京から青森まで北上する心揺さぶるロードムービー 上海国際映画祭で最優秀作品賞・最優秀脚本賞・最優秀女優賞の三冠を獲得!

映画『658km、陽子の旅』は18歳で上京して以来、故郷と疎遠な陽子は42歳。独身で非正規雇用、在宅勤務の仕事をしていて、人との関わりが薄い生活を送っています。いとこの茂に父の訃報を知らされ、彼の車で青森に帰るはずが途中のサービスエリアで起きたトラブルで取り残されてしまいます。陽子は所持金がほとんどなく、あろうことかヒッチハイクをする羽目に…。陽子の置かれた状況、道中で出会う人々との交流が描かれた心揺さぶるロードムービーです。

国内上映前に上海国際映画祭コンペティション部門で最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀女優賞の3冠を獲得した映画『658km、陽子の旅』のメガホンを取った熊切和嘉監督に上海での反応を聞きました。熊切監督は「若い観客が多かった印象です。菊地さんが『パシフィック・リム』で有名なので盛り上がっていましたし、集中して作品を観てくれました」と語り、「劇場で感動している雰囲気の方がいたり、すごく受け入れてもらった気がします。鑑賞後のティーチインでの質問も多かったんですよ」と笑顔を見せました。質問内容について聞くと「震災のこと、被災地を通過することについて本当にいい質問をもらいました」と述べました。また「上海は地方出身者が結構多いらしくて、作中の陽子に共感できたようです」と振り返りました。

熊切監督は「僕は北海道、地方出身です。高校生の時に”映画をやりたい”と父親に言った時に反対されました。父は水道屋さんで”水は人にとって必要だけど、映画は必要ない”みたいに結構強く言われました。陽子も夢があって父親の反対を押し切って上京しているので、すごく彼女の気持ちが分かります。僕も落ち込みやすいし」と分析。引きこもりがちの陽子の性格に近しいものを感じているようで「僕は基本的には引きこもりたい人なんです。映画を撮るうえでは仕方なく外に出ますが」とも明かしました。都会での生活で、一つ一つ諦めざるを得なかった42歳の陽子の姿に「性別関係なく、やっぱり自分にもあり得た人生だと思うんですよね」と熊切監督は実感を込めました。上海で多くの人の心に刺さったのは、陽子の”生きにくさ”が人ごとではない「自分のもの」として受け入れられたからではないでしょうか。

菊地凛子さんと20年ぶりのタッグ 企画書にある監督の名前を見て出演を決意

熊切監督の初の商業映画『空の穴』(2001年)に出演したとき、菊地凛子さんは(クレジットは菊地百合子)駆け出しの女優でした。当時のオーディションの印象が鮮明に残っていると話す熊切監督は「あんまり言うと怒られるかもしれませんが」と笑いながら「オーディションはかなりの人数で行いました。多くの人の受け答えが模範的なのに、一人だけ寝起きみたいなボサボサした菊地さんが現れたんです。後々聞くと、当時は腐ってた時期だったようで…すごくインパクトがありました。役に合っていたので出演してもらいました」と明かしました。そして「読書が趣味と書いてあったから”好きな本は?”と聞いたら『…人間失格』って。菊地さんがまだ19歳位の時でしたね」と振り返りました。

熊切監督は『空の穴』以降、国内外の映画祭に多数出品・招待され、映画『私の男』(2014年)、『#マンホール』(2023年)など精力的に制作を重ね、菊地さんは映画『バベル』(2006年)の米アカデミー賞助演女優賞ノミネートを契機に国際派女優として活躍してきたました。20年、ほぼ連絡をとっていなかった二人が再びタッグを組む…どんな物語があったのか気になります。熊切監督は「僕もプロデューサーも、陽子は菊地さんがいいと思っていました。それで聞くだけ聞いてみようとオファーしたら”ぜひ、やりたい”と応えてくれました」と話しました。そして企画書にある監督の名前を見て決めたそうですね、とこちらが言うと、「そうみたいですね」と嬉しそうな表情をちらり。「会う前はハリウッドセレブみたいになっているのかなと思っていました。でも、撮影が始まると一瞬で20年前に一緒に仕事をしていた時の感覚に戻ったくらいしっくり来たんです!」と熊切監督。「ああ、僕が求めていた芝居はこれだ、と阿吽の呼吸でできました」と撮影初日の様子を話しました。

初日は陽子のアパートのシーンの撮影だったそうです。「菊地さんがうちの前に出演していたマイケル・マン監督の作品からみるときっとクルーの数も10分の1の現場だったと思うんです。でも、うちの組のような雰囲気が懐かしかったようで“ハラハラします”とか言いながら結構な撮影量を集中して演じてくれました。」と言い、「すごくいい感じで、楽しかったですね。20年越しのボサボサした感じも変わらなくて」と言いつつ、「でも、舞台挨拶などでドレスとか着ているとめっちゃカッコよくて、なんか陽子と違うんです」と陽子と菊地さんのギャップを面白がっていました。

女性の心の襞がリアルに描かれた脚本「女性の視点を入れてもらえたのは大きい」

上海国際映画祭でのティーチインでの質問に震災関係があったと先に述べた熊切監督。原案では特に震災について触れられていなかったそうですが「現在、この映画を撮るうえで福島を通るのに被災地を避けることには違和感がありました。僕の狙いとしては陽子の目を通して現代の日本を見せていくべきだと思いましたし、陽子が一度決壊して再生していく場所としては相馬がふさわしいと思いました」との想いから物語に加えたと語りました。本作の原案はTCP(オリジナル企画コンテストTSUTAYA CREATEORS’ PROGRAMの2019年脚本部門の審査員特別賞受賞作品で、室井孝介さんが執筆。熊切監督は「室井さんの原案がベースですが、父親が危篤でヒッチハイクというのは引っかかりがありました。それで、20年以上疎遠だったうえに、父親の訃報という外側の要因もありつつ、陽子自身が帰りたいけど帰れないという心が揺れ動く内側の要因のほうをクローズアップしたほうがいいかなと。ここが一番の変化です」と話しました。脚本の名前が室井さんと浪子想さんになっていることについて「僕と妻と共同のペンネームである“浪子想”という名前で、脚色したんですが、妻のアイデアが良かったんです。原案では悲劇のヒロインっぽい印象がありましたが、ある種の女性のふてぶてしさ、滑稽さ、不安定さ、逞しさが含まれ…おじさんが書いた女性ではない造形になりました。女性の視点を入れてもらえたのは大きいですね」と明かしました。熊切監督が言うように陽子や、旅で出会う女性たちの心の襞がリアルに感じられます。あなたは、登場人物の誰に気持ちを重ねるのでしょうか。

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憧れだったロードムービー「大変だったけど、毎日が新鮮」方言指導に意外な人物?!

ロードムービーについて聞くと熊切監督は「本格的なロードムービーは初めてで、ずっと憧れていました。昔の『ペーパー・ムーン』やヴィム・ヴェンダース監督のロードムービーが大好きなのでずっとやりたかったです」と少年のような笑顔で話しました。実際に撮影した感想は、「大変ですが、面白かったです。今回少人数で東京から移動しながら撮ったんですけれど、オムニバスではないのですが、黒沢あすかさん、見上愛さんなど旅で出会う人との小さなエピソードを積み重ねる感じが毎日新鮮でした」と振り返りました。

「(撮影前の)シナリオハンティングの時に、普通は来ない撮影の小林君にも一緒に来てもらって、結局そのままロケハンになったり。そこで相馬の海(大洲海岸)を偶然発見しました。撮影の段取り上、もう少し近い場所を探しましたが、相馬以上の場所はないなと思って決めました」と熱く語りました。撮影前に出会った相馬の海。劇中の特に大切なシーンで登場しますのでお見逃しなく。

人とのコミュニケーションが苦手な陽子のヒッチハイク旅は困難の連続です。軽快なロードムービーとは言えませんが、クスっと笑えるシーンもいくつかあります。熊切監督は「シリアスな映画だけど、ちょっとユーモラスな部分を入れたかったんです。菊地さんは動きが面白くて、缶のコーンスープを飲むシーンは現場で思いつきましたが、上手く芝居に取り入れてくれました」と教えてくれました。菊地さん演じる陽子の変化も見ごたえありますが、小さなシーンでみせるコミカルさも見逃せません。目つき、話し方、歩き方など一つ一つ菊地さんが陽子を体現しています。

陽子や登場人物たちが話す方言の取得は、俳優陣にとって役作りの一つ。竹原ピストルさんは弘前出身の俳優に方言指導を受け、菊地さんはテープをもらっていたそうです。熊切監督は「菊地さんの親戚に東北の方がいるということで、男性の喋り方とニュアンスが違うと感じていたようです。僕もリアルな感じが出せないかなと思っていました。ある日、青森のレンタルスペースをお借りしてで音を撮っていたら、そこのオーナーの女性がすごく訛っていて、”これだ!”と。棒読みで良いので台本を読んでくださいとお願いして、そのテープを菊地さんに聞いてもらいました」と意外な方言の先生との出会いを明かしました。その女性は「私、訛ってませんけど」と言っていたと可笑しそうに話す表情から、楽しかった撮影の裏側が伝わってきました。コロナ禍の撮影で、みんなとワイワイ食事など出来なかったそうですが、各自でご当地グルメの盛岡冷麺の店を探して報告し合っていたことなども話してくれました。

熊切監督にとっての故郷とは…と質問すると「帰りたいと言ったら帰りたいんですが、帰ってみるとそうでもない。自分の居場所がもうないような感じがします。うーん、いつか帰る場所って言う気持ちがあるんですけどね」と複雑な心境を語りました。故郷の北海道で映画制作の予定は…と伺うと「構想としてはあります。地元の新聞社には、よく喋っているんですよ」と明かしました。そして「実はこの秋に、母校の大阪芸大の学生と映画を撮ります。大阪で撮るのは、自分の中で1つの夢だったんです。初めての関西弁のお芝居です」と母校で客員教授をしている熊切監督は笑顔を見せました。「実は昨日、大阪芸大で特別試写会をやってもらえて、いい反応でした!映画を目指している学生たちから具体的な質問があって、嬉しかったですね」と手ごたえを見せました。

作品概要

映画『658km、陽子の旅』

7月28日(金)センチュリーシネマ他全国順次公開

監督:熊切和嘉

原案&共同脚本 室井孝介 共同脚本:浪子想

音楽:ジム・オルーク

出演:菊地凛子 / 竹原ピストル 黒沢あすか 見上愛 浜野謙太 / 仁村紗和 篠原篤 吉澤健 風吹ジュン / オダギリジョー

製作:『658㎞、陽子の旅』製作委員会(カルチュア・エンタテインメント、オフィス・シロウズ、プロジェクトドーン)

製作幹事:カルチュア・エンタテインメント

制作プロダクション:オフィス・シロウズ

配給・宣伝:カルチュア・パブリッシャーズ

宣伝協力:DROP.

https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/

Twitter @yokotabi_movie

Instagram @yokotabi_movie

©2022「658km、陽子の旅」製作委員会


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