きっかけは名古屋大学?!映画『いまはむかしー父・ジャワ・幻のフィルム』伊勢真一監督に名古屋でインタビュー
10月9日より名演小劇場にて公開となる映画『いまはむかしー父・ジャワ・幻のフィルム』は『奈緒ちゃん』(1995年)、『えんとこ』(1999年)など多くのヒューマンドキュメンタリーを作り続け、そして『えんとこの歌―寝たきり歌人・遠藤滋』(2019年)において毎日映画コンクール・ドキュメンタリー賞、文化庁映画賞を受賞した伊勢真一監督の新たな作品です。身近な存在にカメラを向けることが多い伊勢監督が、本作では戦争という大きなテーマを扱っています。
亡き父親が戦時中に、国策映画の編集者としてインドネシアに渡りプロパガンダに深く関係していたことを知った伊勢監督が「父たちがどんな想いで国策映画を手がけたのか」という気持ちから取材して辿り着いた“戦争の時代の真実”を、「記録」と「記憶」の両面から描いています。企画からおよそ30年、伊勢監督の父親たち映画人が残した貴重な記録である“幻のフィルム”と、伊勢監督が20数年撮りためた映像が時を越えて交わり、父子の共同作業のように感じられる作品です。また、伊勢監督の長男・伊勢朋矢さんと長女の伊勢佳世さんが参加したことで親子三代の記憶の継承というストーリ性も魅力の一つです。
映画『いまはむかしー父・ジャワ・幻のフィルム』の名古屋での公開を記念して、伊勢真一監督が名古屋でインタビューに応え、映画作成のきっかけ、“幻のフィルム”について、父親への思いなどをお話ししてくれました。(取材日:2021年9月15日)
新着情報
Contents
名古屋から始まった亡き父を想う旅 映画製作のきっかけは名古屋大学で観た映像
映画『いまはむかしー父・ジャワ・幻のフィルム』は、日本が植民地支配からの解放を名目に南洋を占領していた戦時中、インドネシアに渡り国策映画を作っていた伊勢監督の父親である伊勢長之介さんら映画人が、どのような気持ちで国策映画に関わっていたのかを知るために赴いた国内始めインドネシア・オランダへの旅…「いま」を縦糸に、戦時中に創られた“幻のフィルム”や当時を知る方々から得た証言…「むかし」を横糸に織りなしたヒューマンドキュメンタリーです。
企画のいきさつを伺うと「約30年前にある記事で、インドネシアで製作された国策映画のフィルムがオランダにあると知ったんです。映画の編集者に父の名前を見つけて、率直に映像がどのようなものか知りたいと思いました」と述べ、「記事を書かれた名古屋大学の倉沢愛子教授を訪ねると、オランダにあるフィルムのコピーもその場で見せてくれたのです!」と語りました。「(映像を)観てショックを受けました。何らかの形で映画にして、自分以外の人にも見てもらう必要があるとスイッチが入りました。それが映画製作のきっかけです」と明かしました。
レンブラントの作品と同じ建屋で完璧な形で残されていた“幻のフィルム”が日本初公開!
映画『いまはむかしー父・ジャワ・幻のフィルム』の見どころのひとつは、戦時中に日本人がインドネシアで作っていた国策映画の映像“幻のフィルム”が日本初公開される点です。なぜ日本のフィルムがオランダにあるのかは作品の中で語られています。
伊勢監督はオランダに取材に行くきっかけを「当時作っていた映画がたまたまベルリン映画祭に呼ばれて、しめたと思いました。でも行ってみたら、ベルリンとオランダはとんでもなく遠いんだよね。当時は名古屋と岐阜程度の距離だと思っていました」とお茶目な表情を見せました。長時間の移動を経て「オランダ視聴覚アーカイブ」に到着しフィルムを見せてもらったそうです。「画家のレンブラントの作品が同じ建屋にあったそうです。父のフィルムも同じように…湿度とか温度とか完璧な形で残してくれているんだなと感動しました」と話しました。
75年以上の歳月を越えて蔵出しされた“幻のフィルム”の11作品が映画『いまはむかしー父・ジャワ・幻のフィルム』として日本で初めて公開されます!“幻のフィルム”を観て、あなたは何を感じるのでしょうか?
「“考えろよ”と父に言われたような気がしました」編集作業は亡き父との対話
伊勢監督は父親について「生前は憎しみに近いものを感じていた時期もありました。でも、ほとんど一緒に暮らしていないから、父がどういう人だったのか分からないし、戦争の時代のことはベールに包まれているような…」と複雑な気持ちを抱えていたことを明かしました。名古屋大学で父親たちが作った映像を見た伊勢監督は「インドネシアで映画を作っていたことは知っていたけど、親父は当時のことを多く語りませんでした。だからこそ逆に“考えろ”と言われているような気がしたんですよね」と話し、インドネシアでの父親の足跡を辿り始めた理由を教えてくれました。
インドネシアの旅には伊勢監督の長男の伊勢朋矢さんも参加しました。「初回は2001年だったと思うんだけど、インドネシアの撮影所が戦時中とまったく変わらずにあって、ワープするじゃないけど父と一緒の時間を過ごしているような感覚になりました」と述べました。父親の足取りを追いつつ、ジャワの路地(カンポン)を定点と決めて、年配者に戦争時代についてのインタビューを行ったそうです。2回目はオランダ取材の後に赴き、撮り足りない部分を撮影。証言を集めたシーンには、私たちが窺い知ることができなかった戦時中のインドネシア市民の記憶が刻まれています。「記憶を記録としてしっかり伝えていくということに意味があったのではないかと思います」と監督は語りました。
コロナ禍の影響を伺うと「撮影や上映するはずの予定が止まり、時間ができました。あぁ、これは編集しろということだなと感じました」と本作を完成させる契機になったと述べました。「編集作業では“親父、これちょっと長いから切るぞ”と語りかけて一緒に創っている気がしましたし、“お前、考えろ”と親父に言われているようなところもありました。そういう意味で、親父のことを初めて真剣に考えたのかもしれません」と父と向き合った編集期間を振り返りました。
最後に伊勢監督は「いまの時代、(コロナ禍で)いつ死んでもおかしくないという思いは、戦争の時代と重なる部分があるかもしれません」と語り、「この作品をどう受け止めるのかは、個々の問題ですが、そういうことも含めてドキュメンタリーの意味があると思います。いろんな見方をしていいんです」とメッセージを残しました。
作品概要
10月9日(土)より、名演小劇場にて公開
監督:伊勢真一
出演:伊勢長之介、伊勢真一、伊勢佳世、カディルマン、ロシハン・アンワール、ジャカルタの人々
語り:伊勢佳世
企画制作:いせフィルム
2021年/カラー/88分/