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2024-03-04

救命救急の砦で、いま何が起きているのか?映画『その鼓動に耳をあてよ』名古屋掖済会病院に密着!近未来のカオスへと放り込むドキュメント


 

3月16日(土)から名古屋今池のナゴヤキネマ・ノイで上映がスタートする映画『その鼓動に耳をあてよ』は、”断らない救急”を掲げる名古屋掖済会病院の救命救急センターを取材したドキュメンタリー作品です。様々な背景を持つ患者を受け入れる日常や、新型コロナウイルスの流行で患者が押し寄せベッドが埋まっていく様子、そこで働く医師たちの証言などが克明に記録された作品です。また、ナレーションを排した映像が、映画を観る私たちを地域医療の近未来のカオスへと誘います。

かつてない窮地に立たされたERのありのままを撮影したのは『約束 名張ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』『チョコレートな人々』などを手がけてきた東海テレビ放送のクルーです。監督を本作が映画初挑戦の足立拓朗さん、プロデュースは『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』の阿武野勝彦さん、圡方宏史さんが務めています。公開前に足立拓朗監督にインタビュー。企画から撮影までの経緯、ERと報道マンとの共通点。医師らへの想いなどを聞きました。(取材日:2024年1月26日)

きっかけは救急現場を特集した夕方のニュース コロナ禍のERの記録 東海テレビドキュメンタリー劇場15弾『その鼓動に耳をあてよ』

映画『その鼓動に耳をあてよ』は、名古屋市中川区、名古屋港から3キロに位置する名古屋掖済会病院の救命救急センター (ER)に密着したドキュメンタリーです。このERは救急車の受け入れ台数が年間1万台と愛知県随一で、ほかの病院で受け入れられなかった急患を受け入れる地域医療の頼みの綱のような場所。救命医15人、看護師・救命士30人が在籍し、”断わらない救急”を掲げて24時間356日、軽症の患者から心肺停止の重症患者まで、すべての初期診療を行っています。おりしも新型コロナウイルスの流行のさなか、名古屋掖済会病院ERの日常を映し出した映画『その鼓動に耳をあてよ』は、ERで働く医師を始めとするスタッフ、患者たちの心模様と、彼らを取り巻く社会情勢が織り込まれ、観る人に何かを問いかける作品です。

題材がどのように決まったのか聞くと足立拓朗監督は「夕方のニュースで掖済会病院について2回特集でやっていて、面白いのではないかという土台ができました。約10年前に、プロデューサーの圡方がニュースの特集として同病院の救急の現場を取材していて、それで北川医師(救急科センター長)との繋がりありました。時を経て、コロナ禍で病院を取材するのが大変だったけれど、北川センター長のおかげでカメラを入れての取材、ニュースの特集ができました。この時に現場に取材に行ったのが僕だった」と話しました。

新型コロナウイルス第5波でワクチンがない当時、足立監督自身がコロナについてのどのような考えを持っていたかと質問すると「実は第3波の時にコロナに感染して、当時はコロナに対して達観というか熱が出るだけで、騒がなくても大丈夫だと思っていました。まあ、世間とズレていた」と率直に語りました。
実際に病院に取材したときの感想について「当時は発熱してクリニックに行くにも車の中で待機などしている状況だから掖済会病院側としては、かなり緊張感を持っているだろうと思っていました。でも、冷静に症例を重ねて診ていたからかコロナはもう怖い病気ではないという感じでした」と振りかえりました。コロナ禍でもちょっとした取材なら良いという土壌ができ、病院の医師らとの交流を経て「いざ密着しようという発想になりました」と足立監督は笑顔で話しました。コロナのため意識不明で入院していた患者さんが、歩行できるまで回復し「必ず歩いて帰らせます!って言われたので救われた」と述べる場面を撮影できたのも東海テレビのクルーとERの信頼関係が築けていたからこそでしょう。

「あの組織は北川センター長あってのもの。めちゃめちゃ尊敬しています」と足立監督 救急科を「究極の社会貢献」と話す医師たちにも注目

足立監督は「北川センター長には、かなり助けてもらった」と話すので、北川センター長が本作の主役かと思いきやそうではありません。テレビ版では北川センター長がほぼカットされていたことについて、足立監督は「本当は(全部カットしたことを)怒っていたんだろうな…と思うのですが、実際は怒りませんでした。懐の深さを感じましたね」と言いつつ「モゴモゴ話すから音声が撮りづらかった」といたずらっぽく明かしました。劇場版には北川センター長が登場しますので、ご期待ください。

北川センター長について改めて伺うと「あの組織はセンター長あってのもの。下に権限を委ねて、彼らがどう頑張れるのかを考えるってすごいトップで、めちゃめちゃ尊敬しています。どこぞの会社 の上の人に、彼の爪の垢でも…笑」と勢いづきました。働く人が腐らない組織を作る北川センター長から学べることが多々ありそうです。

本作でズームアップされるのは蜂矢医師です。彼を主軸にした理由を聞くと足立監督は「全員がしっかりされていますが、救うという姿勢…数字や社会的背景といった表面で人を見ないことを徹底して、ERはセーフティネットだとする、その場所そのものを最も体現している人だと感じました。言葉に重みがありますし、いい人です」と絶賛しました。どんな患者さんにも丁寧に接し、また病院のパンフレットに掲載される記事の取材を受けつつカメラを向けると照れたり「なんでも診ることができるっていうのが、救急のいいところなんじゃないですか」と話す様子から蜂矢医師の魅力が伝わります。足立監督は「実は蜂矢さんが一番とっつきにくくて、バリアがある感じで序盤は全然取材してなかったんです。少しずつ距離を縮めて約9か月の撮影期間で、6か月くらい経ったときに彼を中心にしようと決めました」と蜂矢医師のシャイな一面も教えてくれました。

頼もしい北川センター長、ヒーロー感を纏う蜂矢医師だけでなく、研修医の櫻井医師も見逃せません。テレビドラマで救命医に憧れたと話す櫻井医師について足立監督は「彼は新人で、まだまだ染まっていないので本当は、今密着したら面白いかもしれませんね」と期待を寄せました。北川センター長が「救急科をやりたがる人がいない現状だ」と話す場面もありますが、そんな救急科で生き生きと働き、「救急科以外考えられない」と心を決めた櫻井医師と「(救命救急は)究極の社会貢献をしている感じじゃない?」と笑う蜂矢医師の姿から、名古屋掖済会病院救急科の強い信念が感じられます。

名古屋掖済会病院について足立監督は「掖済会病院のERは全国の模範的な病院になっているんですよ。医師たちが全国に羽ばたいて、広がっています。コロナや石川県の地震のときも、他の病院が手を挙げなかった時に被災者を受け入れていました」と救急の起点としての存在の大きさを伝えました。

「来たときより悪くさせるわけにはいかない」どんぐりを鼻の穴に詰めて救急?! 断らない救急、救えない命も…

救命救急というと、手の施しようがない人が運ばれて医師たちの力で蘇生するようなドラマチックな展開をイメージしますが、スクリーンに映し出されるのは意外な症状の患者達です。ある夜には「どんぐりを鼻の穴に詰めて取れなくなった子ども」や「指輪がきつくて指がうっ血してしまった女性」が登場します。

足立監督は「映像にはありませんが、マニキュアが目に入って痛すぎて救急車を呼んだとか、密着すれば充分面白いものが作れますよ」と意外な救急の患者のエピソードを語りました。そして「救急車を呼ばなくても良い患者が本当に多いんですけど、救急医たちは優しく丁寧に対応していました。適当にやればいいじゃんとはならない。取材を通じて自分の生き方が何か変わったように思います」と足立監督自身の変化を述べました。

断らないER…救えない命もある中で、救急医 達はその苦しみにどう向き合って見えたか聞くと足立監督は「本人たちは苦しみと思っていないのではないかと僕は分析していて、だた救うことをやっていて、その行為が浄化の源になっていると判断しています。言葉で表現できる答えを僕は未だに持ち合わせてなくて…だから余計に尊いのかもしれません」と熱く語りました。「来た時より悪くさせる訳にはいかないという、医療の原点みたいなところをやっているのでしょうね。この人達はこんなに頑張っているのに、自分は何をやっているのかと取材中何度も自分を恥じる感情になりました」と述べました。

ナレーションを無くすチャレンジをした足立監督「ERの医師が働く現場と報道の現場は似ている」

救急科についての印象を聞くと足立監督は「テレビの報道のフロアと同じように、救急も根本的に夜勤があるなどの勤務体系が一緒です。救急でいうと患者さん、こちら側で言うと事件を扱っていて世間の目から見ると花形…少しカッコいいと思われる。でも実際は花形ではなくて僕らは寒い中で取材対象をひたすら待つことも多いし、情報を得るために関係者を訪ねても何度も追い返されるし、いきなり水をかけられたり罵声を浴びせられたりすることもあったりする 。社内でも立ち位置は別に強くないし…救急の現場と重ねちゃって、圡方プロデューサーとも”本当に俺ら と一緒だな”って話していました」と飾らない言葉で答えました。

報道と救急の相違点について「救急医の彼らは人を救うためにまっすぐ向かって、取り組んでいます。我らテレビマンは視聴率の数字ばかり見ていたり、自分に自信を無くしていたりの現状とかというのを比べてしまいます。なんで俺たちはこうなんだと、撮影中も今でも思います。舞台挨拶などのキャンペーンの間に気持ちの整理がされていくかもしれません」と歯痒さを滲ませました。「救急の働き方を見ていたら、僕らはメディアで職場が良く似ていることもあって特に深く感銘を受けていました。でも多分誰もが悩みながら業界のジレンマを抱えていて、行きつく問題なんだなと思います」とまとめました。

劇場版でチャレンジしたことについて足立監督は「(プロデューサーの)阿武野が、ナレーションを無くそうぜって言い出しました。僕は医療ものでナレーションを無くすのはキツイと思っていて、実際テレビ版ではナレーションがありました。本来、ナレーションを無くした方がいいのは分かっているけれど…阿武野の一言を最初に聞いたときは驚きました」と振り返りました。「ナレーションを無くしてみると、一層あの世界観がしっかり表現できるような考えになりました。追加取材をしたり、編集も楽しかったです。病床数ならテロップ出すだけでいいですけど、ERの仕組みは説明が必要ですし…ニュース的な作りになっちゃって今でも解答がこれしかなかったと思っています」と言いました。特に苦労したことについて伺うと「ERに運ばれた人たちを、すぐに専門の科に繋ぐことがあると僕は詳しくは知らなかったんです。そういう場面は、ナレーションなら一発で誰にでも分かるようにできるけれど、それを映像とシーンだけで作るのは難しかったです。そこで北川センター長に現場で喋ってもらう形になりました。忙しいのに撮影に協力頂いて、本当に懐の深い先生です」と感謝していました。

最後に足立監督に今後、取材したい題材や関心ごとを聞くと「医療は面白いと思いました。医療は全部が詰まっています。救急の現場で起きていることの一つ一つが、ドキュメンタリーのそもそものテーマで、今回は欲張って取材しすぎた感もあります。例えば高齢化、オーバードーズなども興味のあるテーマです。今回で看護師長さんや皆さんとの繋がりができたのでそれを活かせるといいなと思っています」と答えました。そして「作品を作れることは幸せだと感じています」と素敵な笑顔を見せました。名古屋掖済会病院の救命救急のリアルな姿を、是非ナゴヤキネマ・ノイでご覧ください。あなたにはどんな鼓動が聞こえるのでしょうか。

ナゴヤキネマ・ノイのオープニング作品となる本作、3月16日(土)10:50の回の上映後と、13:10の回の上映後に監督・プロデューサー・出演者による舞台挨拶を予定しています。

正式オープンが3月16日(土)に決定!!名古屋今池の新しい映画館「ナゴヤキネマ・ノイ」上映作品も発表に!

作品概要

東海テレビドキュメンタリー劇場第15弾『その鼓動に耳をあてよ』

3月16日(土)よりナゴヤキネマ・ノイで公開

ナゴヤキネマ・ノイ

名古屋市千種区今池1-6-13 今池スタービル2F (場所:元・名古屋シネマテークの跡地)

上映スケジュール

3/16(土)~22(金)10:50 13:10 19:30

3/23(土)~29(金)11:00 14:50

※毎週火曜日は休館日。3/30(土)以降の上映時間は劇場問い合わせ。

監督:足立拓朗

プロデューサー:阿武野勝彦・圡方宏史(『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』)

製作・配給:東海テレビ放送

配給協力:東風

2023|日本|95分 (c)東海テレビ放送


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